聞くことから始まるのですね。天の神、主との関係は

お話しください、主よ、
僕は聞いております。
サムエル記上3:9

 

ティアティラ市出身の紫布を扱う商人で、
神を崇めるリディアという女も
話を聞いていたが、
主がその心を開かれたので、
パウロの話しを注意深く聞いた。
使徒16:14

 

 ヨハネ3:17~21
 Ⅰテサロニケ2:1~12(通読箇所)
   (ローズンゲン『日々の聖句』11/16;火)

 

     ―――― ☆  ――――


 夜中に、神である主が、
寝ている少年サムエルを呼ばれたとき、
サムエルは答えたのですね。
「お話しください。主よ、しもべは聞いております」と。

 

 

 パウロがピリピに行ったとき、リディアは、
パウロの話しを注意深く聞いて心に留めたのだそうです。
そしてパウロ一行を家に招き、ピリピ教会の初めとなりました。


 使徒ヨハネは書いています。
「神が御子を世に遣わされたのは、
世をさばくためではなく、
御子によって世が救われるためである。

御子を信じる者はさばかれない。
信じない者はすでにさばかれている。
神のひとり子の名を信じなかったからである。

そのさばきとは、光が世に来ているのに、
自分の行いが悪いために、
人々が光よりも闇を愛したことである。
悪を行う者はみな、光を憎み、
その行いが明るみに出されることを恐れて、
光のほうに来ない。

しかし、真理を行う者は、
その行いが神によってなされたことが明らかになるように、
光のほうに来る。」と。(ヨハネ3:17~21)

 


 パウロもテサロニケの人たちに書き送っています。
「私たちの勧めは、誤りから出ているものでも、
不純な心から出ているものでもなく、
だましごとでもありません。

 

私たちは、神に認められて福音を委ねられた者ですから、
それにふさわしく、人を喜ばせるのではなく、
私たちの心をお調べになる神に喜んでいただこうとして、
語っているのです。

私たちは、自分の子どもたちを養い育てる母親のように、
あなたがたをいとおしく思い、神の福音だけではなく、
自分自身のいのちまで、
喜んであなたがたに与えたいと思っています。
あなたがたが私たちの愛する者となったからです。

また、自分の子どもに向かう父親のように、
あなたがた一人ひとりに、
ご自分の御国と栄光にあずかるようにと召してくださる神に
ふさわしく歩むよう、勧め、励まし、
厳かに命じました」と。(テサロニケ2:3~12)

 


私たちも、伝えられた喜びの知らせをよく聞き、心に留め、
この方、生けるまことの神との親しい語らいの中へと
進んでいかせていただけるのだそうですから。

今日も。

 

 

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