自分をののしる者の罪を背負い、屠られる小羊として

正義は国を高める。
罪は民の恥となる。
箴言14:34

 

エスはそこを出て、
いつものようにオリーブ山に行かれると、
弟子たちも従った。
目的の場所に来ると、
エスは弟子たちに、

「誘惑に陥らないように祈りなさい」
と言われた。
ルカ22:39~40 

 

 説教/福音書:ヨハネ13:1~15、34~35

 使徒書:1コリント11:(17~22)23~26(27~29、33~34a)

 通読箇所:マルコ15:24~41 

    (ローズンゲン『日々の聖句』3/28;聖木曜日)

 

   ―――― α&ω  ――――

 

 イエスが十字架刑での死刑を受けられる前の晩の、
木曜日の夕食の席でのことを
使徒ヨハネは次のように記しています。

 

さて、過越しの祭りの前のこと、
エスは、この世を去って父のみもとに行く、
ご自分の時が来たことを知っておられた。
そして、世にいるご自分のものたちを愛してきたイエスは、
彼らを最後まで愛された。

 

夕食の間のこと、
悪魔はすでにシモンの子イスカリオテのユダの心に、
エスを裏切ろうという思いを入れていた。

エスは、父が万物をご自分の手に委ねてくださったこと、
またご自分が神から出て、神に帰ろうとしていることを
知っておられた。

 

エスは夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、
手ぬぐいを取って腰にまとわれた。
それから、たらいに水を入れて、弟子たちの足を洗い、
腰にまとっていた手ぬぐいでふき始められた。

 

こうして、イエスがシモン・ペテロのところに来られると、
ペテロはイエスに言った。
「主よ、あなたが私の足を洗ってくださるのですか。」
エスは彼に答えられた。
「わたしがしていることは、今は分からなくても、
後で分かるようになります。」

ペテロはイエスに言った。
「決して私の足を洗わないでください。」
エスは答えられた。
「わたしがあなたを洗わなければ、
あなたはわたしと関係ないことになります。」

シモン・ペテロは言った。
「主よ、足だけでなく、手も頭も洗ってください。」
エスは彼に言われた。
「水浴した者は、足以外は洗う必要がありません。
全身がきよいのです。
あなたがたはきよいのですが、
皆がきよいわけではありません。」

エスはご自分を裏切る者を知っておられた。
それで、皆がきよいわけではない」と言われたのである。

 

エスは彼らの足を洗うと、上着を着て再び席に着き、
彼らに言われた。
「わたしがあなたがたに何をしたのか分かりますか。
あなたがたはわたしを『先生』とか『主』とか呼んでいます。
そう言うのは正しいことです。そのとおりなのですから。
主であり、師であるこのわたしが、
あなたがたの足を洗ったのであれば、
あなたがたもまた、
互いに足を洗い合わなければなりません。
わたしがあなたがたにしたとおりに、
あなたがたもするようにと、
あなたがたに模範を示したのです。

  ~~~

わたしはあなたがたに新しい戒めを与えます。
互いに愛し合いなさい。
わたしがあなたがたを愛したように、
あなたがたも互いに愛し合いなさい。
互いの間に愛があるなら、それによって、
あなたがたがわたしの弟子であることを、
すべての人が認めるようになります。」(ヨハネ13:1~15、34~35)

 

 

 そのあとイエスは弟子たちと一緒に
ゲツセマネの園へ行かれました。

「いつものように」とあるので、
エスはよく、そこに行かれていて、
イスカリオテのユダもそのことをよく知っていたようです。

 

そして弟子たちに、
「誘惑に陥らないように祈りなさい」と言われ、
ご自分はさらに奥に進み、
これからご自身が受けようとしている十字架刑での死刑を、
できることなら過ぎ去らせてほしいと
父である神に祈られました。
 

「しかし、わたしが望むことではなく、
あなたがお望みになることが行われますように」と。

 

 

 そこへ、
ユダを先頭にやって来た人たちがイエスを捕らえ、
大祭司の家に連れて行きました。

そこでのサンヘドリン(最高法院)の裁判で
エスを自分を神の子とし、神を冒涜した者として
死罪の判決を下しました。

 

当時、ユダヤローマ帝国支配下にあり、
相当の自治は与えられていましたが、
死刑を執行する権限は与えられていなかったため、
大祭司たちはイエスをローマ総督ピラトに引き渡し、
死刑を執行するよう要求しました。

 

ピラトはイエスに罪がないことを認め、
釈放しようとしますが、
群衆はイエスを十字架につけるようピラトに要求し続け、
暴動になりそうなのを見てピラトは
エスに死刑判決を下し、兵士たちに引き渡しました。

 

兵士たちはイエスを、
ゴルゴダ(どくろの場所)に連れて行き、十字架につけた。
彼らがイエスを十字架につけたのは、午前9時であった。
エスの罪状書には、「ユダヤ人の王」と書いてあった。
彼らは、イエスと一緒に二人の強盗を、
一人は右に、一人は左に、十字架につけた。
 

通りすがりの人たちは、
頭を振りながらイエスをののしって言った。
「おい、神殿を壊して三日で建てる人よ。
十字架から降りて来て、自分を救ってみろ。」

 

同じように、祭司長たちも律法学者たちと一緒になって、
代わる代わるイエスをあざけって言った。
「他人は救ったが、自分は救えない。
キリスト、イスラエルの王に、
今、十字架から降りてもらおう。
それを見たら信じよう。」

また、一緒に十字架につけられていた者たちも
エスをののしった。

 

さて、12時になった時、闇が全地をおおい、
午後3時まで続いた。
そして3時(神殿で過越しの小羊が屠られる時間)に、
エスは大声で叫ばれた。
「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」
訳すと「わが神、わが神、
どうしてわたしをお見捨てになったのですか」
という意味である。

 

そばに立っていた人たちの何人かがこれを聞いて言った。
「ほら、エリヤを呼んでいる。」
すると一人が駆け寄り、海綿に酸いぶどう酒を含ませて、
葦の棒に付け、
「待て。エリヤが降ろしに来るか見てみよう」と言って、
エスに飲ませようとした。

しかし、イエスは大声をあげて、息を引き取られた。

 

すると、神殿の(聖所と至聖所を隔てている)幕が
上から下まで真っ二つに裂けた。
エスの正面に立っていた百人隊長は、
エスがこのように息を引き取られたのを見て言った。
「この方は本当に神の子であった。」

 

女たちも遠くから見ていたが、
その中には、マグダラのマリア
小ヤコブとヨセの母マリアと、サロメがいた。
エスガリラヤにおられたときに、
エスに従って仕えていた人たちであった。
このほかにも、
エスと一緒にエルサレムに上って来た女たちが
たくさんいた。(マルコ15:24~41)

 

 

 このようにして、旧約聖書で預言されていたとおりに、
【父である神】は、御子である方を木に掛けられ、
私たち、すべての人間の
創造の目的からの「的外れ」の責任を
エスに背負わせて処刑し、
私たちの死刑が完了しているものとしてくださり、
【聖である霊】と呼ばれる方が私たちに来てくださる道を
開いてくださいました。

 

この方、【聖である霊】と呼ばれる方が、私たちの心に
【父である神】の御思い置き、書き記してくださって、
私たちのうちに【父である神】の
私たちそれぞれに関わる御思いがあるようにし、
私たちが【父である神】と思いを一つにして生き、

御思いのとおりに国に公義と愛をもたらすようにと。

今日も。

      ~~~~~~~~~~~~~~

 

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