死の日を支配する力、私たちにはないのですが、イエスにはあるのですね

人には死の日を
支配する力はない。
コヘレト(伝道の書)8:8

あなたがたのうちの誰が、
思い煩
(わずら)ったからといって、
寿命を僅
(わず)かでも
延ばすことができようか。
マタイ6:27

 ヘブル書2:11~18
 ヨハネ12:27~33(通読箇所)
   (ローズンゲン『日々の聖句』3/11;金)

 

        ―――― ☆  ――――


 死の日を自分の思うようにできる人はいないのですね。
それでイエスは、
「あなたがたが、いくら思い煩ったからといって、
少しでも自分のいのちを延ばすことができるでしょうか」
と言われるのですね。

 


 ヘブル書の記者は言います。
聖とする方(イエスも、聖とされる者たち(私たち)も、
みな一人の方(万物の存在の目的であり、
また原因でもある【父である)
神から出ています。
 

それゆえ、イエスは彼らを兄弟と呼ぶことを恥とせず、
こう言われます。
「わたし(イエスは、あなた(父である神)の御名(みな)
兄弟たちに語り告げ、
会衆の中であなたを賛美しよう。」

 

また、「わたしはこの方に信頼を置く」と言い、
さらに、「見よ。わたしと、神がわたしに下さった子たち」と
言われます。

そういうわけで、子たちがみな血と肉を持っているので、
エスもまた同じようにそれらのものを持ちになりました。

それは、死の力を持つ者、
すなわち、悪魔をご自分の死によって滅ぼし、
死の恐怖によって一生涯奴隷としてつながれていた人々を
解放するためでした。
当然ながら、イエスは御使いたちを助け出すのではなく、
アブラハムの子孫を助け出してくださるのです。

したがって、神に関わる事柄について、
憐れみ深い、忠実な大祭司となるために、
エスはすべての点で
兄弟たちと同じようにならなければなりませんでした。
それで民の罪の宥(なだ)めがなされたのです。

エスは、自(みずか)ら試みを受けて苦しまれたからこそ、
試みられている者たちを助けることができるのです。(ヘブル2:11~18)

 


 ヨハネによるイエスに関わる記事は続きます。
(イエスは、十字架刑での処刑を受けることを見据えて)
「今わたしの心は騒いでいる。
なんと言おうか。

『父よ、この時からわたしをお救いください』と言おうか。
いや、このためにこそ、わたしはこの時に至ったのだ。
父よ、御名の栄光を現してください。」

すると、天から声が聞こえた。
「わたしはすでに栄光を現した。
わたしは再び栄光を現そう。」

そばに立っていてそれを聞いた群衆は、
「雷が鳴ったのだ」と言った。
ほかの人々は、
「御使いがあの方に話しかけたのだ」と言った。

エスは答えられた。
「この声が聞こえたのは、わたしのためではなく、
あなたがたのためです。
今、この世に対するさばきが行われ、
今、この世を支配する者が追い出されます。

わたしが(十字架に架かって)地上から上げられるとき、
わたしはすべての人を自分のもとに引き寄せます。」
これは、自分がどのような死に方で死ぬことになるかを
示して、言われたのである。(ヨハネ12:27~33)

 


 イエスは。私たちを死の恐怖から解放してくださるため、
(みずか)ら私たちの身代わりとなり、
私たちが受けるはずの十字架刑での処刑を受けてくださって、
私たちの〔生まれながらの私〕という霊を
死んだものとしてくださり、
【聖である霊】と呼ばれる方を私たちにお遣わくださり、
この方によって私たちが、
永遠のいのちで生きるようにしてくださるのですね。

今日も。

 

 

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