主は、私たちに
大きな業を成し遂げてくださった。
私たちは喜んだ。詩126:3
私たちの主イエス・キリストの
父なる神が、ほめたたえられますように。
神はキリストを通して、
天上で、あらゆる霊の祝福をもって
私たちを祝福してくださいました。エフェソ書1:3
ルカ12:49~53
ヨシュア記1:1~18(通読箇所)
(ローズンゲン『日々の聖句』1/14;金)
―――― ☆ ――――
聖書が啓示している神、
天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と
名乗られる方(出エジプト3:14)は、
私たちのために大きな御業を成し遂げ、
私たちを喜び、楽しませようとしていてくださるのですね。
イエスを通して、天上にある、あらゆる霊的祝福をもって
私たちを祝福してくださって。
そしてイエスは、
地上においては、【聖なる霊】と呼ばれる方が私たちに来られ、
この方の働きが私たちのうちに始まるために、
十字架刑での死という苦しみのバプテスマを受けてくださって。
ちょうど、モーセの死によって、働きがヨシュアに引き継がれ、
モーセに代わって、ヨシュアがイスラエルの民を
導く者となったように(ヨシュア1:1~18)、
イエスが天に帰られて、イエスに代わって
【聖である霊】と呼ばれる方が私たちに来られて。(ヨハネ14:16)
イエスは、【聖である霊】と呼ばれる方が私たちに来られても、
私たちが滅びることがないよう、私たちの身代わりとなり、
私たちの「的外れ」の責任のすべてをご自身の身に背負って
十字架刑刑での処刑を受けてくださいました。
ご自身の死によって、
「神の一人のようになり、善悪を知る者」となって、
神の創造の目的から
「的外れ」になってしまっている(創世記3:22)、
私たちの、〔生まれたときからの私〕という霊を
死んだものとするために。
そして、墓に納められて三日目、日曜日の早朝、
イエスは、新しい霊のからだに復活し、
40日にわたって何度も弟子たちに現れ、神の国のことを語り、
ご自身が確かに生きていることを弟子たちに見せたのち、
オリーブ山で弟子たちが見守る中、上げられ、
天の、【父である神】の右の座に復帰されました。
そして、あのペンテコステ(五旬節)の日に、
この、天の、【父である神】の右の座におられるイエスを通して、
【聖である霊】と呼ばれる方が弟子たちに来られ、
弟子たちが、この方が話させられるままに話すという、
【神の霊】が私たちに来られて、私たちのうちに
【父である神】の御思いを置き、書き記してくださって、
私たちのうちに【父である神】の御思いがあるようにし、
私たちの心が【父である神】と一つ心になるようにしてくださって、
私たちが【父である神】がしようと思われることをしていく者に
してくださるのだそうですから。(エレミヤ31:31~34、エゼキエル36:25~28、ヨハネ17::21~23)
【父である神】と【御子である神】、イエスが持っておられるのと
同じ関係に。
私たちを「新しい契約」に生きる者に、と。
それで私たちも、神の子の、この生き方を喜び、
この大きなみわざを完遂してくださった神をながら
ほめたたえながら進むのですね。
今日も。
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