心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして愛する方の言葉は

今日わたしが命じるこれらの言葉を心に留め、
 子供たちに教え、家に座っているときも道を歩くときも、
  寝ているときにも起きているときにも、
   語り聞かせなさい。
申命記6:6~7

...

御言葉を行う人になりなさい。
 自分を欺いて、
  聞くだけで終わる者になってはいけません。ヤコブ書1:22
      (ローズンゲン日々の聖句11/4;水)
 天の神、主のひとりのようになり、善悪を知るようになった(創世記3:22)私たち人間にとって、自分の判断が成ることが生きがいであって、神の言葉は、不要なもの、わずらわしいものでさえ、あるのでしょうね。
 けれども、イエスの十字架刑での処刑を、私という生まれたときからの霊の処刑としていただき、生まれたときからの霊という私自身を処刑済みの者としていただいて、
墓に葬られ、三日目に復活され、天の父である神と呼ばれる方の右の座に帰られたイエスが派遣してくださる、聖である霊と呼ばれる方をお迎えし、この方によって、父である神の、私たち一人一人についての御思いを心に書き付けていただく者は、
御子イエスが、また、聖である霊と呼ばれる方が、御父を愛し、尊敬し、自分から進んで、御父の御思いを求め、御父の御思いが成ることを喜びとし、生きがいとしておられるように(ヨハネ8:28)、御父を愛し、尊敬しうやまい、御父の御思いをひたすら求める者にしていただけるのだそうですね。
 そのようにしていただいた者は、
「聞きなさい。イスラエル。主は私たちの神、唯一の主。心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛する」(申命記6:4)ようにしていただけるのだそうです。
 愛する方が何を思っていらっしゃるのか、なんとおっしゃっておられるのかに心が向かうのでしょうね。
聖である霊と呼ばれる方が私たちの心に、いつも御思いを置いてくださり、「イエスの行うわざを行わせてくださる(ヨハネ14:12)のだそうですから。
今日も。
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