赦し、清めて下さるのだそうです。天の神、主が。

イスラエルの人々は、主に助けを求めて叫んだ。
 「私たちはあなたに罪を犯しました。
 私たちの神を捨てました。」士師記10:10

 

 

 

自分の罪を公に言い表すなら、

神は真実で正しい方ですから、

罪を赦し、

あらゆる不義から私たちを清めてくださいます。Ⅰヨハネ1:9

 

 

      (ローズンゲン日々の聖句3/20;土)

 

 

 

 赦しを用意していて下さる方なのですね。天の神、主は。

 あの時も、平穏無事な時が続くと、イスラエルの人々は、主を捨て、

主に仕える代わりに、先住民族の神々に仕えるようになったのだそうです。

 


 それで天の神、主は、イスラエルに対して怒り、

彼らをペリシテ人とアモン人の手に渡されたので、

アモン人はヨルダン川の東側に住んでいたイスラエル人を18年間苦しめ、

さらに、ヨルダン川を渡って西側のイスラエルの地に攻め込んできたのですね。

それでイスラエルは非常な苦境に立ったのだそうです。

 

 

 そして、このように主に助けを求めて叫んだのだそうです。

 


 すると、主はイスラエル人に仰せられたのだそうです。
 「わたしは、かつてエジプト人、エモリ人、アモン人、ペリシテ人から
 あなたがたを救ったではないか。
シドン人、アマレク人、マオン人が、あなたがたをしいたげたが、
あなたがたがわたしに叫んだとき、
わたしはあなたがたを彼らの手から救った。

 


 しかし、あなたがたは私を捨てて、ほかの神々に仕えた。
だから、私はこれ以上あなたがたを救わない。
 行け。そして、あなたがたが選んだ神々に叫べ。
あなたがたの苦難の時には、彼らが救うがよい。」と。

 


 すると、イスラエル人は主に言ったのだそうです。
 「私たちは罪を犯しました。
あなたがよいと思われることを何でも私たちにしてください。
ただ、どうか、きょう、私たちを救い出してください。」

 

 

 そして、彼らが自分たちの内から外国の神々を取り去って、
 主に仕えたので、
 主は、イスラエルの苦しみを見るに忍びなくなったのだそうです。

 


 それで、遊女の子だったのでみんなから憎まれ、追い出されていた
 エフタと言う人を選び、この人を立てて
 イスラエルを救い出されたのだそうです(士師記10:6~11:33)。

 

 

 

 罪は、誰かが償わなければならないのですね。
 天の神、主は、私たち人間の罪を赦すためには、
 罪のない人がその罪を背負って処刑されなければならなかったのですね。

 それで、主は、永遠の初めから一緒におられ、

人間と、
その人間の住まいとしてこの自然界を共に造られた方、
 御子と呼ばれる方を人間イエスとして人の世に送り、
この方を、人類の罪を一身に背負って処刑される
贖(あがな)いの小羊として、十字架刑で処刑されたのだそうです。

 


 それで、このことが完成している今は、
 天の神、主の御前に罪を言い表していけば、
その罪は、すでに、イエスの十字架刑の処刑で処刑済みになっていることが分かるのだそうです。

 


 私たち、自分の罪や失敗、不都合なことは、神にも人にも隠して、
 気付かれないうちに自分でつじつまを合わせて、
そんなことはなかったかのように涼しい顔をしていたい者ですが、
 隠していくところにサタンの付け入る隙ができるのだそうですね。

 


 言い表して、全部、見ていただき、知っていただいて、
 赦された、すがすがしい、晴れやかな歩みを
 いただいていきたいものですね。
 今日も。


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